2017.6.19

 

倉山満『日本一やさしい天皇の講座』(扶桑社、2017年)を読んでみた。批判箇所多数につき、シリーズで取り上げたい。

 

 それにしても言っては悪いのですが、これまでの天皇論は貧困でした。何か理由をつけて説明するとすぐに破綻します。

 たとえば、最近よく聞くダメな答えの筆頭は、「天皇は祈る存在」というものです。この論者によると「天皇は祈る存在だから尊い」「天皇は日々、国家国民の幸せを祈っている。だから、これまで続いていたのだ」という説明になります。では、財政難で宮中祭祀やいろいろな儀式を行えかった戦国時代の天皇はどうなるのか。

前掲書10頁

 

倉山の言う論者が誰か不明だが、ほとんど、言いがかり・難癖の類いである。

 

第百四代・後柏原天皇は財政逼迫のため、即位の礼ができたのは、践祚から二十二年後だった。また費用がなく、なかなか葬儀ができなかった天皇もあった。そこまで窮乏したから、やむを得ず宮中祭祀を中断した時期もある。

 

「したくてもできなかった」と「できるのにやらなかった」は、根本的に違う。それに、財政事情が改善したら元に戻し現在に至っていることから、「祈る存在」を否定するのは笑止千万だ。

 

宮中祭祀や儀式に関する熱心さは、歴代天皇個々でそれぞれ濃淡があるかと思量する。が、歴代天皇は国家・国民の安寧を祈る“祖先の慣習”を継承した。これこそ、「祈る存在」の証左である。

 

ちなみに、倉山は伊勢神宮の途切れない神事を高く評価する(『保守の心得』扶桑社、2014年、7頁)。が、伊勢神宮とて戦国時代120年間は費用が足らず式年遷宮ができなかった。倉山の論法で言えば、伊勢神宮は“皇室のご先祖様をお守りする神社でない”ことになるが、倉山は反論できるだろうか。

 

結論。

「祭祀」という宗教的な諸行為を自らなされるから、(論者によって表現の違いはあるにしても)天皇が「祈る存在」であることは全く正しい。戦国時代の中断をもって、「祈る存在」を否定することはできない。付け加えるなら、天皇は、「政治的な至尊性と宗教的な聖性をもつ、世界に類例なき君主」である(『中川八洋『国民の憲法改正』(ビジネス社、2004年、65頁)。

 

 

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