2017.8.3

 

倉山満『日本一やさしい天皇の講座』(扶桑社、2017年)は63頁より第二章が始まる。章題は「天皇と武家」で、ここから武家が登場する。

以下、『第一節「源頼朝」―武家が皇室を乗っ取らなかった理由』から引用する。

 

 でも、天皇を超える治天の君を恫喝できる軍事力を持っているならば、そのまま自分が天皇になってしまえばいいのではないか。例えば、中華世界ならその通りでしょう。ここで頼朝の置かれた立場、なぜそれだけの軍事力を持つことができるのかを考えることで、日本の歴史家文化の特徴が見えてきます。
 端的に言えば、頼朝は「中間管理職」なのです。頼朝は「武家の棟梁」として鎌倉を中心とした全国の武士団に号令をかけます。最初は右近衛大将だったので、後々まで頼朝は「右大将家」と呼ばれます。後白河法皇崩壊後の建久三年(一一九二年)には征夷大将軍に任じられます。以後七〇〇年間、徳川慶喜が大政奉還するまで一時的な例外を除き、「武家の棟梁」は征夷将軍の時代が到来します 。
 頼朝が最高権力者なのは、現実に軍事力を持つ武士を従えているからです。治天の君以下、朝廷は逆らえない。では武士たちは、なぜ頼朝に従うのか。頼朝が右近衛大将あるいは征夷大将軍などの武家の最高の官位を有しているからです。その官位に任じるのは、もちろん天皇です。以上、頼朝は「中間管理職」と述べた理由が分かったでしょうか。頼朝は上に対しては権力を誇り、下に対しては権威を使う。権威こそが権力の源泉なのです。

 

太字強調 管理人

倉山満『日本一やさしい天皇の講座』扶桑社、2017年、65頁〜66頁

 

頼朝は「中間管理職」?

 

桓武天皇により征夷大将軍を任じられ、蝦夷征討に戦功があった坂上田村麻呂であれば、征夷大将軍=「中間管理職」と言えなくもない。(ブログ管理人は、現代的には「東北方面派遣軍総司令官」だと思うが。)

 

しかし、頼朝は征夷大将軍に先立ち、日本国総追捕使等も任じられていた。これらは、武家による支配を事実上認められたものだ。だから、頼朝が「中間管理職」と考えるのは、倉山ぐらいではないか。

 

しかも、この引用によれば、頼朝を「最高権力者」と認めた上で、かつ「中間管理職」としており(?)、その権力で天皇・朝廷を圧し、支配には専ら権威を使うことになる(支配には権力が必要では?)。倉山によれば、その権威は、天皇・朝廷を圧する権力の源泉らしい(?)。

 

意味不明だ。

 

では、なぜ、武家は新王朝を作らなかったのか。また、なぜ皇位を簒奪しなかったのか。以下、管理人の見解である。

 

1.天皇は最高権威である。

2.実力者は、支配の正統性を確立したい。

3.実力者自身で正統性を作り出すことには、膨大な手間がかかる。(歴史書編纂、神話作りなど)

4.だから、天皇から官位を授けてもらうのが手っ取り早い。しかも、武家が新王朝を作るより、反発されにくい。

5.官位により正統性が確立し、権力の正当性が担保される。

 平清盛(支配+太政大臣)

 源頼朝(支配+征夷大将軍)

 足利尊氏(支配+征夷大将軍) 

 豊臣秀吉(支配+関白)

 徳川家康(支配+征夷大将軍)

6.同時に、任官することで権威が備わり、それを支配に活用できた。

7.つまり、武家にとって天皇とは「利用価値」が非常に高い。

8.だから、武家は皇位を簒奪する必要性がない。

9.むしろ、簒奪により最高権威が毀損すれば、自らの正当性が揺らぎかねない。

10.また、天皇も武家に庇護されるのであれば、武家を敵視する理由はない。

11.ここに、持ちつ持たれつの「損得勘定」という実利から、最高権威(天皇)と最高権力(武家)が相互に侵さない「黙示の合意」が成立する。

12.勿論、実利だけではなかった。武家は古代から続く皇統に畏敬したはずで、天皇や皇統に対し尊崇の念があったと思われる。そもそも、尊崇の念がなければ、最高の権威とは認めないだろう。

13.特に、豊臣秀吉は下層出身ゆえに、強い憧憬があったと思う。天皇との関係は良好だ。

14.足利義満は異例中の異例。官位叙任権を手中に収めるなど、皇位簒奪を狙ったと思う。

15.織田信長は判然としない。ただ、正親町天皇の勅命で、重要な和睦(「浅井・朝倉」「石山本願寺」など)をしており、天皇の調停権能は価値が高いと考えたはずだ。信長であれば、その権能を壊すことまでしなかったのではないか。

16.実利と尊崇の念、この二つがあったからこそ、武家による新王朝や皇位簒奪に至らなかったのだ。

17.なお、一方(もしくは双方)が、一線を超えて相手を侵食し始めると争いが始まった。それでも、皇統を根絶やしにしなかったのは、実利と尊崇の念が抑止的に働いたからだと思われる。

 

以上、あくまでも管理人の見解だ。しかし、天皇と武家の関係を、かなり矛盾なく説明できると思う。

 

少なくても、倉山よりマシだと思う。

 

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