2017.8.6

 

まずは、引用する。

 

...仮に(源)頼朝がうまく簒奪に成功しても、いつまで「源王朝」が続くのか。「アイツがやっていいなら、オレがやってもいい」となるに決まっています。現に、中国の歴史など、それの繰り返しです。
 中国に限らず、日本以外の国の人たちはやってしまうのですが、日本だけはそれができない原理がある。
 これもタマタマなのです 。その都度、皇室にとって代わる以上の合理的な方法が働きます。タマタマではあるのですが、日本国史には「人に言うことをきかせる力の法則」があり、この法則は本章で扱う武家の時代を通じて出現するので覚えておいてください。これこそ、武家が皇室に取って代わらなかった法則です。

 

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倉山満『日本一やさしい天皇の講座』扶桑社、2017年、66頁〜67頁

 

酷い文章だ。

 

原理と言いつつ、タマタマ(偶然の連続)と否定し、その直後に、それでも法則があると言い出す。

 

それにしても、何でも「タマタマ」とするのはいかがなものか。もし、これが許されるなら、論じること自体が無意味になる。行き詰まれば、「それは、タマタマなのです。」とやればいいのだから。

 

そして、以下にも使われている。

 

 次に二、そうした日本の姿は、つまり皇室は、なぜ一度も途切れることなく続いてきたのか。

 タマタマです。タマタマとは偶然の連続と言い換えてもいい。あるいは「先人たちの努力の成果」と言ってもいい。「これさえあれば」という一つの理由があったから皇室が続いてきたのではなく、その時代ごとに天皇を守ろうとする人がいて、これまで我が国の歴史においては続くことができた、ということなのです。

前掲書174頁〜175頁

 

66頁〜67頁では、原理や法則があったはずだが、ここではスッカリ消えている?

 

それに、運に左右される「偶然の連続」と「先人たちの努力の成果」は別個のはずだが、倉山には同じと思えるらしい。タマタマと言わず、「先人たちの努力と、いくつもの偶然や幸運が重なった」とすればよいのに。

 

...、倉山は「タマタマ」という言葉にご執心のようだ。

 

 

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