2014.6.25

ブログ管理人は、かつて渡部昇一や石原慎太郎らが主張する「憲法無効論」が、とても魅力的に映った時期がありました。それは、憲法を無効にすることで、現行憲法を変えられるかもしれないと漠然と考えたからです。

しかし、憲法を無効にする手段は、事実上国会決議しかありません。“無効の現行憲法”の下で組織された国会が“無効”を決議することは、無が無を決議するという論理矛盾を引き起こします。それゆえ、ブログ管理人は、憲法無効論は「机上の空論」でしかないと判断するに至りました。

ここからは、憲法無効論者への批判となりますが、憲法無効論者は自主憲法(新しい憲法)をどのような方法で制定するのか、具体的に語らない特徴があります。
その制定手続きは、明治憲法改正という形を取らざるを得ないと思いますが、明治憲法下での帝国議会は既になく、明治憲法下の貴族院の復活は容易ではなく、枢密院もありません。明治憲法で定めた改正手続きを省略したら、それこそ正当性を無くしてしまいます。このあたりが全く整理できていません。

さらに、憲法無効論者は、スケジュールを明確にしません。
政党間で自主憲法案の合意を取り付けておいて、無効決議後ただちに自主憲法案を議決するのでしょうか。そして直ちに公布して施行するのでしょうか。
万が一、「憲法空位」期間ができてしまったら、どのような混乱が生じるのか想像したことがあるのでしょうか。
そもそも、渡部昇一や石原慎太郎らは、まともな自主憲法草案を世間に問うたことがあるのでしょうか。
仮に、民間企業で、この手の具体性のない提案をしたら一笑に付され、周りから「使えない奴」と烙印を押されます。

したがって、「憲法無効論」は、憲法改正促進の政治運動の一つとして理解されるべきで、それ以上でもそれ以下でもないと考えます。
 
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