2014.4.27

民主主義とは「Democracy」(デモクラシー)に由来しますが、その使われ方が混乱しています。その理由を考えてみます。

なお、米国では、「リベラリズム」(Liberalism)が、日本での一般通念上の「自由主義」の意味ではなく、「大きな政府主義」とか「革新」「左翼」などというニュアンスで使用されている。「リベラル」(liberal)も、「自由主義者」でなく、「革新派」とか「左翼人」という意味になっている。このため、米国では全体主義に対する対極的な政治概念として、「自由主義」は使用できない。かくして、便宜的なのだろうか、米国では“真正の自由主義”のことを「デモクラシー」と安易に表現している。英国ではそれを「保守主義」(Conservatism)と称する。そして、その影響下で米国内の“真正の自由主義”の信奉者も「保守主義」と言われ、実際に共和党の右派系を形成している。(下線ブログ管理人)
  中川八洋 『正統の哲学 異端の思想』 徳間書店 168頁

米国において、「デモクラシー」は、「真正な自由主義」の代りに便宜的に使われている概念です。
また、「デモクラシー」は単に「意思決定を構成員の合意により行う体制・政体」の意味もあります。
ある時は政治概念、ある時は統治形態の概念、ある時は単に政策決定のテクニックとして使われるので“ややこしい“用語です。さらに混乱に拍車をかけるのは、「真正な自由主義」は全体主義と対極に位置する政治概念ですが、「デモクラシー」は民衆の熱狂によって全体主義を選択することもあり、全体主義とは極めて親和性があります。
しかも、米国は「デモクラシー」を外交政策の柱に置いています。

米国大使館 民主主義の原則
http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-principles1.html

これが結局「諸刃の剣」となっています。
全体主義的な政権が誕生しても、「選挙結果」に議論をすり替えて、批判を回避させてしまうのです。
これは、矮小化による誤魔化しにすぎませんが、意外なほど効果がある手段です。
“この政権は、国民の選挙により成立した合法的な政権である”

では、どうすればいいのでしょうか。
混乱の大本を抜本的に改善するしかありません。
米国が外交政策において「デモクラシー」という用語を使うことをやめ、「自由と正義」という用語に切り替えることです。
これであれば、選挙結果に左右されず、自由と正義に反する政権だと批判できます。

しかし、国際的に定着した「デモクラシー」という用語を変えることは、事実上困難と思われます。

こうした事情を踏まえて、日本における「民主主義」を考えてみます。
まず「民主主義」と「デモクラシー」とは異質なものです。
民主主義とは「Democracy」に由来していますが、邦訳が間違っています。
「民主主義」の主義に当る「ism」がどこにもありません。
この主義という言葉を付いた時点で、「意思決定を構成員の合意により行う体制・政体」は、他の何よりも優れているという運動に変化しています。
左翼が好んで民主主義を連呼するのは、「民主主義」は「君主制」より優れていると訴える、巧妙かつ狡猾な運動だからです。
左翼には、天皇(皇室)を廃絶したいという、どす黒い情念しかありません。

以上から、日本においては、「意思決定を構成員の合意により行う体制・政体」の意味として「民衆の政治参加制度」と訳するが妥当です。その上で、「民衆の政治参加制度」に代わる制度が無い以上、全体主義へ暴走しないように常に監視し警戒を怠らないようにすべきです。
憲法において「民衆の政治参加制度」があることは致し方ないとして、「民主主義」として称賛することはあってはならないと考えます。(拙ブログの憲法改正私案には「民主主義」は除いてあります)

なお、やむを得ず「民主主義」という用語を使わなくてはならないケースは、その背景を理解した上で使うことが正しい在り方です。また、必要以上に「民主主義」「民主主義の危機」と煽り立てる人は、左翼的な人間として最大限に警戒しましょう。

 
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