2014.5.7

「格差社会」は、「平等」思想の焼き直し」において、「平等」が危険な概念であることを説明しました。
続いて、現行憲法第14条1項前段の「法の下の平等」について、検討してみたいと思います。

現状、「法の下の平等」は、次のように平等主義の「平等」に冒されています。

「……平等原則の関係では実質的平等(結果の平等)の実現は国の政治的義務にとどまる。」
「……ただ、法の下の平等に言う「平等」の意味は、実質的平等の思想を抜きにして解することはできないので、……、実質的平等の趣旨が最大限考慮されなければならない」
(カッコ内ブログ管理人)
芦部信喜 『憲法 新版 補訂版』 岩波書店 122頁


しかし、これとは別に、「法の支配」(中世ゲルマン法の法思想から発展した憲法原理)から誕生した「法の前の平等」があります。また、米国憲法修正第14条第1項には、「その州の管轄内にある何人に対して法律の平等な保護を拒んではならない」の「法的保護の平等」があります。この他に「法適用平等説」の「法の前の平等」もありますが、いずれにしても法を執行し適用する行政権・司法権が国民を不当に区別してはならないという点で同じものと考えられます。
以上より、ブログ管理人は、平等主義の「平等」は排しつつ、「法の前の平等」は受用すべきと考えます。
拙ブログの憲法改正私案では第14条後段部分を無くして「法の前に平等」にまとめました。

それにしても、なぜ、本来は同じはずの用語が、これほど違った趣意になるのでしょうか。「法の下」と「法の前」の一字の違いで、そのような違いが生じる訳がありません。
それは、前掲の芦部信喜は、「八月革命説」の宮沢俊義の弟子であり、ある種の意図で以って解釈しているからと思われます。
芦部信喜は、東京大学法学部教授等を歴任し、日本を代表する憲法学者として大きな影響力を持ちました。改めて法曹界の“えも言われぬ体質”を垣間見る思いです。

参考文献
中川八洋『国民の憲法改正』、ビジネス社、41頁
樋口陽一ほか『解説 世界憲法集 改訂版』 三省堂
 
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