2017.4.14

 

喫煙・禁煙は身近な問題だけに、議論は熱くなりやすい。大まかな目安で喫煙派2割・禁煙派8割。

 

しかし、このテーマで公営社会保障に踏み込んだ議論はまずお目にかからない。そこで、今回、ここに主眼をおいて、自分の考えを整理してみた。ブログ管理人は、かつてヘビー・スモーカー、その後禁煙した。

 

疫学から、管理人は喫煙により健康障害の危険性が高まると考える。危険性が高まらないとする反論は、ほとんどないので、健康障害に関して喫煙派と禁煙派の溝はそれほど深くない。

 

喫煙に限らないが、健康障害の要因は環境と遺伝である。それらが複雑に絡んで健康障害が発生すると考える。後述する受動喫煙もついても同様だと思われる。

 

話を元に戻すが、双方に危険性の共通認識があるが、発症時の治療費等について論じるまでには至らない。つまり、公営社会保障という同じベッドで、ぬくぬくと“異夢“を見ているのだ。

 

先回、拙ブログでは、『公営社会保障の定義』を記事にしたが、これを踏まえて管理人は次を主張する。

 

“喫煙は自由であるべき、公営社会保障は廃止すべき。”

 

公営社会保障が廃止されれば、民間保険に入ることなる。当然、民間保険会社は、「非・喫煙者向け保険」を一層充実させるだろう。逆に、喫煙者は危険性を担保された割高の保険になるはずだ。それを自由に選ぶこと(保険に入らないことも含めて)が正しい在り方だと思う。

 

医療保険だけでない。年金・介護・失業にも健康障害の危険性を担保した保険料が設定されるであろう。火災保険や損害保険でも同様である。煙草の不始末は火災原因になるので、健康障害とは別の要素で保険料は高くなるはずだ。

 

その割高な保険料を支払ってでも喫煙したいのであれば、それは自由である。受動喫煙にしても、当然家族の保険料は割高になるだろう。それでも喫煙したいのであれば、それは自由である。喫煙するもしないも自由。

 

喫煙して早死しようが、禁煙して長生きしようが自由である。家族や友人の忠告には感謝し耳を貸してもいいが、国の干渉など僅かでも許したくない。

 

しかし、“危険性はあるが喫煙を自由にさせろ、健康を害したら国(要は、他人のお金)で治療しろ”とするのは、「放縦の自由」であり許されない。『放縦の自由の定義』参照。
 

また、禁煙派のなかで、公営社会保障廃止を主張される方は滅多にいない。つまり、禁煙派の大多数は、議論以前に、公営社会保障に“搦め捕られた”と思われる。さらに、赤の他人の生き方に口を出す。自由を放棄したいのであろうか。
 

ここまでを、次のように整理した。

 

・日頃から公営社会保障廃止(もしくは大葉削減)を主張された上で、喫煙の自由を訴える方は「自由」を正しく理解している。

 

・同保障廃止(もしくは大幅削減)前提で、かつ禁煙を主張する方は、善人。ただ、善人が集団暴走するのも怖ろしい。

 

・同保障継続が前提で喫煙の自由を主張することは、「放縦の自由」。

 

・同保障継続が前提で禁煙を主張する人は、本人に自覚がないと思うが、全体主義予備軍。

 

同保障が「放縦の自由」を助長し、「放縦の自由」が同保障を膨張させているとも言える。同保障と「放縦の自由」は、悪循環に作用する。

 

ここからは、俗論や枝葉末節の議論に、解答してみた。

1.喫煙すると頭が悪くなる。

喫煙しても、世界的な業績を残した著名人多数。アインシュタインのパイプ姿は有名。

 

2.煙草の臭いが酷い。

管理人の実体験だが禁煙後、臭いに敏感になった。そのため、電車のなかで、香水・整髪剤・制汗剤・体臭などに悩まされた。つまり、臭いはお互い様。

 

3.煙草の中毒性は、覚醒剤などの麻薬並み。大麻のほうがマシ。

完全禁煙した管理人だが、仮に覚醒剤中毒になったとして、それを克服する自信はない。というか、これを主張する人に疫学データを訊ねたい。それから、大麻が禁止されたのは、過剰摂取で幻覚作用が生じるからだと思う。管理人は医者が呆れるほどのスモーカー(ニコチンの過剰摂取)であったが、一度も幻覚は出なかった。(笑)

 

4.喫煙休憩に時間が取られ、作業効率が落ちる。日本の残業が多いのは、喫煙が一因。

そんなことは、企業や経営者が考えればいいだけの話だ。そんなことまで国に介入されて、何が有り難いのか。

 

5.受動喫煙を防ぐべきだ。

飲食店などの受動喫煙については、禁煙にしたい店側が「喫煙不可」の張り紙をし、それに反する者は業務妨害罪等で逮捕すればいい。かつて、管理人は新しい法律が必要であると主張していたが、全面的に撤回したい。従来の法律で対応可能である。

 

ちなみに、管理人は禁煙後、灰皿のある飲食店に極力行かない。煙たいし、せっかくの料理の味が落ちるように感じるのだ。飲食店は、全面禁煙にしたほうが儲かると思う。

 

また、家族の受動喫煙は家族で話し合いすべきで、国家に干渉させるなと言いたい。だたし、子供の受動喫煙は、親の喫煙を咎めることができないから、配慮を必要とする。

 

しかし、暴力などの虐待と比較して、受動喫煙などささいな事だ。虐待による心の傷に比べたら、受動喫煙など大した事ない。また、酒癖の悪い親も少なからずいるが、精神的には受動喫煙のほうがはるかにマシだ。子供をダシにして禁煙を言うのであれば、飲酒を始め禁止するものが“山”と出てくる。

 

結局のところ、喫煙・禁煙議論の核心は、公営社会保障と「放縦の自由」である。

 

最後に、念押しするが、家族や友人の忠告には耳を貸そう。家族や友人を大切にすることは、普遍的に正しく、かつ道徳的である。

 

 

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