2014.4.19

憲法にとって、「人権」は国民主権と同様に排除すべき危険な概念です。
必要なのは「国民の権利」です。
これが結論です。

では、なぜ危険視すべきなのか、歴史を振り返ります。
一読して分かるように、極力単純化します。
 
  1. 人格破綻者ルソーが、『人間不平等起源論』等などを著す。
  2. ルソー著作の影響を受けた「フランス人権宣言」がなされる。
  3. フランス人権宣言で「人間の権利」(=人権)が盛り込まれる。「人間の権利」は、文明社会の政治とは無関係に存在する自然権であるがゆえに、非文明社会の権利である。
  4. 非文明社会の権利であったため、法や法秩序が瓦解し、大量虐殺が生じる。
  5. 革命の見本、全体主義の手本が完成(共産革命、共産主義の下敷となる)。
  6. 共産主義革命によりソ連が誕生。
  7. 合法的に誕生したナチス政権が、合法的にユダヤ人迫害・虐殺。(フランス人権宣言第5条の影響か)
  8. ナチスの教訓から、国際社会は、国家の憲法と同等もしくは上位にあたる概念を求め始める。
  9. 日本国憲法制定。GHQのロウスト中佐により『基本的人権』が盛り込まれる。
  10. 戦争に疲弊した国際社会は、「人権」が“自由”を擁護する概念と錯覚した。
  11. その錯覚により、「世界人権宣言」が提唱され採択されてしまう。
  12. 世界人権宣言の影響を受けた「国際人権規約」が採択される。
  13. 日本は、1979年に国際人権規約を批准し、現在に至る。

この歴史から「人権」の危険性がひしひしと伝わってきます。
単に“いかがわしい”のではなく、危険なのです。


ただし、仮に「人権」を棄てるとなれば、漠然とした不安を感じることでしょう。
それについて、ブログ管理人は以下を提案します(外交の素人ですが)。

それは、日本が主導して『(仮)国際人道宣言)』を採択することです。
国際人道法は戦争・武力紛争時に適用されますが、この『(仮)国際人道宣言』は国際人権法の特別法として、平時に適用させます。
「特別法は一般法に優先する」ので、この方法により国際人権規約を徐々に空文化させると思います。
拙ブログの憲法改正試案の第五章で示したとおり、日本は締結した条約は遵守しなければなりませんが、徐々に空文化するものはやむを得ないと考えます。

これにより「人権」を排除して「国民の権利」とし、かつ「国民の権利」が侵されそうなときは『(仮)国際人道宣言』で対抗できます。また、中国共産党に対しては「人道問題」として批判できることになります。

実現は非常に困難を伴いますが、ここまで徹底したいものです。

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