2018.4.23

 

自民党参議院議員の和田政宗が独自の憲法試案を作り、2018年3月に上梓した『日本国憲法「改定」』で発表した。


拙ブログでは過去、和田を批判した。しかし、憲法試案に取り組んだ姿勢は高く評価すべきで、今回同著を購入しじっくり読んでみた。著作権上、引用は最小限に留めるので、詳しく知りたい方は購入して欲しい。

 

では、拙ブログが改正案をチェックする場合、必ず引用する次の論考に基づいて、試案を評価してみた。

 

以下、憲法改正の動きの中で、もっとも危険な改悪のケースをいくつか挙げて論究するのは、このような深刻な邪実態に対して対処と識別の基礎知見を提供しておきたいからである。憲法改悪のワースト・セブンは次のようなものがあるだろう。
1、「首相公選」
2、「憲法裁判所」
3、「地方分権」
4、「一院制」
5、環境権とか何とか権とか、やたらむやみな「権利」の羅列
6、得体の知れない「市民グループ」が地方行政を牛耳れる「情報公開」の制度
7、憲法改正手続きを低い敷居にして、簡単に憲法改正できるようにすること。今では改正派の過半は、天皇制廃止を真正面の射程に置いている。「改正派=保守」というイメージはもう古い。現実離れしている。護憲からこっそり移動した「改正派=極左」が、今や改正論者の主流になりつつある。
中川八洋『国民の憲法改正』、ビジネス社、199頁

 

 

1.首相公選は採用しない。◯

2.条文に書かないが、憲法裁判所を予定している。☓

3.地方分権を採用しない。それどころか、地方自治の章自体を抹消。これには感心した。◯◯

4.一院制を採用しない。◯ ただし、所属する参議院の“勢力拡大”の条項が多く我田引水に閉口。

5.権利の条文を整理している。◯◯

6.条文に書かないが、「知る権利」を検討。△

7.総議員の五分の三以上で議事を開き、出席議員の過半数の賛成で発議。大幅に緩和している。☓

 

さらに読み解いていく。

・天皇の地位を元首とするが、象徴も書き込む。△

・皇位継承は《男系子孫がこれを継承する》とある。解説を読むと「女系天皇反対」「女性宮家反対」「旧皇族の皇籍復帰」の立場であるが「養子賛成」で危うい。また、男系男子を強調するが「女性天皇」に反対していない。☓

 

以上であるが、他の改正試案が酷すぎるので、それに比べれば相当マシだ。

 

ただし、前文の矛盾が際立つ。

 

現行憲法の三大原則として、国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄(平和主義)の政治的意図に言及し(176頁)、それを喧伝する護憲派の憲法学者を批判する。が、しかし、試案にはそれが丸ごと出てくるのだ。

 

前文

 日本国は、豊かな自然に彩られた美しい国土のもと、国民統合の象徴である万世一系の天皇を元首として戴く国であって、悠久の歴史と伝統を有する国家である。

 われわれ日本国民は、和を尊び、他者を慮り、公の義を重んじ、礼節を兼ね備え、多様な思想や文化を認め、独自の伝統文化に昇華させ、豊かな社会を築き上げてきた。

 日本国民は、我が国を誇りと気概を持って守り、基本的人権を尊重するとともに、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

 わが国は、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

 われわれ日本国民は、国の主権者として、悠久の歴史と誇りある伝統を受け継ぎ、わが国を発展させ、継承していくために、五箇条の御誓文以来、大日本帝国憲法および日本国憲法に連なる立憲主義の精神にもとづき、ここに自主的に新日本国憲法を制定する。

 

太字ブログ管理人

和田正宗『日本国憲法「改定」』すばる舎、2018年、214頁

 

試案の前文に掲げる以上、和田は三大原則を“是”とするのであろうか。仮に、護憲派の学者が言うのは反対、でも自分が言えば正しいとするなら、超弩級の無節操だ。

 

ちなみに、三大原則を保守思想で解釈してみる。

・フランス革命で国民大量殺戮の根源となった「国民主権」。

・自然権的発想で抽象的原理に立ち“人間の権利”としての「基本的人権」。フランス人権宣言で謳われた“人権”と同じで、自由や権利を守るべき国家を蚊帳の外におき、むしろ秩序を破壊する。

・国防放棄で日本を破滅に導く「平和主義」。思考停止を瀰漫させ精神を腐敗させている。

 

この三大原則を外せないのなら、全面的な改正は無益どころか有害である。

 

それから、重箱の隅をつつくようだが、これも指摘しておきたい。「コピペだらけの憲法前文は恥ずかしくないか」の章で、『実質3日で原案が作られた現行憲法はコピペだらけであると述べてきたが、その最たるものは憲法前文であり、』(186頁)として、現行憲法の前文とアメリカ合衆国憲法前文/アメリカ独立宣言/テヘラン会談の宣言等の照合を行っている。(186頁~190頁)

 

ところが、その和田自身もコピペを行っているのだ。

 

以下、赤字の部分は、自民党日本国憲法改正草案(平成二十四年)と同じ箇所。青字の部分は、公益社団法人日本青年会議所日本国憲法草案(平成二十四年)と同じ箇所。一言一句、ほぼ同じ。

 

勿論、何かの草案を参考にすることに異議を唱えない。しかし、さすがにここまで丸写しだと、現行憲法がコピペとする和田の主張が恥ずかしくなる。(ちなみに、参考資料の掲示もない。)

 

前文

 日本国は、豊かな自然に彩られた美しい国土のもと、国民統合の象徴である万世一系の天皇を元首として戴く国であって、悠久の歴史と伝統を有する国家である。

 われわれ日本国民は、和を尊び、他者を慮り、公の義を重んじ、礼節を兼ね備え、多様な思想や文化を認め、独自の伝統文化に昇華させ、豊かな社会を築き上げてきた。

 日本国民は、我が国を誇りと気概を持って守り、基本的人権を尊重するとともに、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

 わが国は、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

 われわれ日本国民は、国の主権者として、悠久の歴史と誇りある伝統を受け継ぎ、わが国を発展させ、継承していくために、五箇条の御誓文以来、大日本帝国憲法および日本国憲法に連なる立憲主義の精神にもとづき、ここに自主的に新日本国憲法を制定する。

 

青字および赤字部分ブログ管理人

和田正宗『日本国憲法「改定」』すばる舎、2018年、214頁

 

憲法関連以外にも、疑問の記述が幾つかある。

 

その結果、日本は欧州列強の間で「七大帝国」の一つに数えられるようになった。そのため諸外国からの侵略を受けることもなく、鎖国が成立したのである。

前掲172頁

 

七大帝国のなかにはインド・中国も含まれる。インド・中国が、植民地となったり植民地同然の草刈場となったことは歴史的に明らか。“七大帝国と鎖国”に関する、和田の理論は、かなり無理があると思う。

 

こうした変なところを探す楽しみもあるので、この著書はそういった面でもお薦めである。

 

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