2020.2.8

 

週刊スパ2020年1/14・1/21の合併号のゴーマニズム宣言(以下、小林漫画)のクライマックス、それは次のシーンだ。

 

 

「世紀の大発見」という文字が、前回でも取り上げた原田大六氏の名前とともに躍動している。

 

そこで、ブログ管理人(以下、管理人)は、原田氏の著書『卑弥呼の鏡』(六興出版、1978年)を読んでみた。

 

まず、重要な点について記したい。

 

小林漫画では、この第1号墓に埋葬されたのは卑弥呼としか考えられないとした(小林漫画71頁)。が、原田氏は、卑弥呼の墓が箸墓古墳と述べている。

 

...舶載鏡が、平原遺跡に比較しても百面を越して副葬されているに違いない。でないと、鏡で判明してきた限り、最高権力者たる女王卑弥呼の墓ではありえない。
卑弥呼の墓を私は奈良県桜井市箸中の倭迹迹日百襲姫の陵と伝えている「箸墓」であると前著書(『卑弥呼の墓』六興出版刊)で述べてきた。
前掲書273頁

 

こうした事実を、小林氏は知っているのだろうか。

 

さて、次の重要な点として、原田氏は三人の天照大神がいたと主張する。

 

 時代を別にする三人の天照大神は、太陽の妻であって、世襲し、夫は無かった。日本神話では最高の存在になり、天皇のスメラミコトよりも上位に考えられた。最高神であると共に最高の巫女王として、天下に君臨したのである。
前掲書316頁

 

神様が三人?

 

奇想天外な論である。ただ、好意的に意訳すれば「天照大神と似ているシャーマン的女王」が三人存在したとの意味だろう。

 

 ではこの祭政一致の掌握者は誰であったろうか。それは大鏡が八咫あることからしても、副葬品に武器が少なったことからしても平原の方形周溝墓であったろう。
 この被葬者は単身で太陽の象徴である大鏡を持つことからしても、「大日孁貴」と称され「天照大神」の別称を得つ、第一代の太陽+巫女王その人であったと考えられる。
前掲書267頁〜268頁

 

これに加え、315頁で壹與(台与のこと)も巫女王としている。同315頁で平原遺跡の被葬者も「名こそ判明していない」としている。それから、原田氏は邪馬台国畿内説。353頁には「もちろん私も同意する者であり」とある。以上から、原田氏の考えを次の表にまとめてみた。

 

 

埋葬者 邪馬台国
天照大神第一代  平原遺跡1号墓   不明
天照大神第二代  箸墓古墳   卑弥呼(=倭迹迹日百襲姫)  畿内
天照大神第三代  不明   台与


 

これが、原田氏の主張である。

 

小林漫画は、原田氏と同じように「卑弥呼=天照大神」であっても、そこだけ借用しているのであって、平原遺跡1号地の埋葬者及び邪馬台国の所在地は別物である。それから、第一代と第二代の違いもある。

 

原田氏も草葉の陰で苦笑しているだろう。

 

JUGEMテーマ:憲法改正

 

コメント
コメントする