2016.1.19

今回の記事は、シベリア抑留による死亡者の考察です。

ただし、ブログ管理人は、阿部軍治『シベリア強制抑留の実態』(彩流社、2005年)ー中川八洋氏が“この本以上の正確さと十全たる資料収集をした本は他にはない。”と賞するーを読んでいません。したがって、あくまで中間報告になりますので、それを前提にご覧ください。

・人数については百人単位とした。
・邦人とは、軍人・軍属を除いた民間人を意味する。


1、1945年8月当時の日本人数
日本人数が把握できないと、死亡者数は絶対につかめません。そこで、ウィリアム・F・ニンモ著・加藤隆訳『検証ーシベリア抑留』(時事通信社、1991年)の209頁、表2を抜粋して引用します。(管理人が加工しています)

これは、マッカーサー公文書、日本外務省の報告、戦争捕虜に関する国連委員会報告を出典としており、ある程度合理的な人数です。ただし、この表で「ソ連」については、旧厚生省擁護局の調べに基いて「ソ連 575,000人」としていますが、管理人は納得できません。

当時の日本陸海軍は司令部や上官の命令が“絶対”でしたから、四割近くの軍人・軍属の隊離脱を前提とした「ソ連 575,000人」は、“非・論理的”な人数です。これは、シベリア抑留の解明を阻むため、ソ連と通じた旧厚生省援護局による隠蔽工作と考えられます。

以上の観点から、別のアプローチを取ります。
 
最終的な数
満州 1,259,000
大連・旅順 228,000
北朝鮮 359,000
樺太と千島列島 305,000
ソ連 575,000
合計 2,726,000


2、軍人・軍属の人数
これについて、下記サイトを引用します。以前、別件で引用しましたが、このサイトは信頼できます。

満州・大連・旅順・北朝鮮・樺太・千島列島にいた兵数(軍人・軍属)は、陸海軍合計で858,900人。これは旧厚生省擁護局のデータに基づいているが、同局データは常に軍人と軍属を区別していません。
 

社会実情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/index.html

アジア各地における終戦時日本軍の兵数
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8050.html


3、訂正した数
前述をまとめると、次の表が完成します。
 
訂正した数
満州 1,259,000
大連・旅順 228,000
北朝鮮 359,000
樺太と千島列島 305,000
軍人・軍属 858,900
合計 3,009,900
 

4、引き揚げ者総数
このデータから、2,360,500人。これで、引き揚げ者総数は確定です。

社会実状データ図録
アジア太平洋戦争における海外からの引き揚げ
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5226.html


5、訂正した数−引き揚げ者の総数=ソ連管理地域から未帰還総数
訂正した数3,009,900人−引き揚げ者総数2,360,500人で、649,400人。
この人数が、ソ連が管理した地域(満州・大連・旅順・北朝鮮・樺太・千島列島・ソ連国内のことで、以下、ソ連管理地域)から未帰還です。

つまり、ソ連参戦によって、未帰還649,400人が死亡したものと思われる。

6、シベリア抑留で死亡した軍人・軍属
まず、戦闘死(軍人・軍属を問わず)を検討してみます。
これについて、信頼できる記録は存在せず、人数がはっきりしません。そこで、逆に戦闘死を多くしたい(つまり、抑留者を過小にごまかしたい)ソ連側資料を敢えて採用します。それによると戦闘死83,700人。

すると、軍人・軍属858,900人−戦闘死83,700人=775,200人。
さらに、前掲の厚生省データから、ソ連管理地域からの軍人・軍属の帰還者は、548,000人。

775,200人−548,000人=227,200人。つまり、この227,200人が未帰還です。この227,200人こそ、シベリア抑留および逆送ー入ソ後、病弱などにより満州・北朝鮮に戻されたーの途中などで死亡した軍人・軍属と推定されます。


7、まとめ
・ソ連管理地域から未帰還で死亡したと推定される人数 649,400人
・戦闘死した軍人・軍属 83,700人
・シベリア抑留や逆送などにより死亡したと思われる軍人・軍属 227,200人
・邦人のうち、満州・大連・旅順・北朝鮮・樺太・千島列島において、死亡確認および行方不明が確認された人数 244,000人(2016.8.16修正 254,400人。以下、同じ。修正した理由:厚生省資料からの転記ミス)

 

・邦人のうち、北朝鮮・樺太・千島列島で死亡確認された人数 42,000人 (2016.8.16追加 内訳:北朝鮮34,000人、樺太・千島列島8,000人)

 

・邦人の行方不明(実質的に死亡したものと思われる) 39,000人 (2016.8.16追加)

・649,400人−244,000人 254,400人−42,000人ー39,000人−83,700人−227,200人=94,500人 3,100人
この94700(2016.1.21修正)94,500人 3,100人は、死亡確認されず、また行方不明とも確認されず、霧のごとく「消えたしまった邦人」である。しかし、ソ連管理地域から未帰還であり死亡が推定される。なお、多数の邦人が「捕虜」として捕らえられ強制労働させられた。そうした事実から、相当数の邦人がシベリア抑留で死亡したと考えられる。

8、シベリア抑留者の総数
引き揚げ時の調査で邦人39,000人が入ソ(ソ連に連行された)したことが確認されています。これにより、シベリア抑留者は472,958人(2016.8.17修正)453,787人(ソ連からの帰還した軍人・軍属)+227,200人+39,000人=合計712,000人と推定できます。


9.補足
先行研究や資料によっては、満州の邦人数・軍属人数・戦闘死数・入ソの邦人数などに、数万人の差があります。まとめのシベリア抑留者の総数712,000人はデータから推定した最小限の人数であり、採用する資料によっては優に80万人を超えます。同様に採用する資料によっては、死亡者数が大幅増になります。

なお、ソ連管理地域には邦人を主とする収容所分所が三十三箇所あったようです。
軍人・軍属は捕虜でしたが、邦人は“誘拐”そのもの。ブログ管理人は、人道批難を警戒したソ連が証拠を消すため、収容所の邦人を絶滅させたケースがあったのではと疑っています。


10.参考資料
ウィリアム・F・ニンモ著、加藤隆訳『検証ーシベリア抑留』時事通信社、1991年
阿部軍治『慟哭のシベリア』彩流社、2010年
産経新聞社刊 別冊正論25「樺太‐カラフト」を知る


2016.4.4追記
記事の内容に重大な間違いがありますので、併せて下記をお読み下さい。
シベリア強制抑留ーブログ記事の重大な誤りについて

 

2016.8.17追記

転記ミスや資料再読み込みによる追加を行った。修正箇所多数となった。

 

2017.1.21追記

当方の主張は上書きしていくので、シベリア強制抑留のカテゴリを開き最新の内容を確認して欲しい。

JUGEMテーマ:憲法改正

コメント
ロシアの蛮行に関して、見事に左翼も民族系もダンマリですね。

原爆や空襲の被害者を遥かに上回るこの凶行に見て見ぬふりをするというのは、彼らの正体が工作員であることを如実に示しています。

シベリア抑留については、当ブログでも取り上げていきたいと思っています。
  • by megu
  • 2016/01/19 9:13 PM
追加です。

邦人のシベリヤ抑留に関しての死者数は、入ソ38,000人として、ソ連から帰還できた邦人が19171人。
体の頑強な男性から順番に動員されましたから、兵隊に取られない邦人は体が弱い人です。そのため、死亡率が49.55%になっていてもおかしくない。(軍人・軍属の抑留の死亡率は29.33%か。)

また、ソ連に連行する途中、つまり徒歩や列車で移動中に死亡したももの数多く、収容所に入って身元調査を受ける前に死亡して無名のまま埋葬されたケースも相当あったようです。

それを考えると、19,000人ほどの死亡は少なすぎると思いますが、これ以上の資料がありません。


なお、引き揚げできず、満州などで中国人などに子供を渡したり、妾や妻となった婦人も相当数いたはずで、しかも後日残留孤児や残留婦人として日本政府に認知される前に死亡したケースも数千人単位であったように思われる。
  • by マウス
  • 2016/01/19 10:21 PM
訂正。

邦人の入ソ 39,000人
帰還    19,171人
未帰還   19,829人
死亡率   50.84%

なお、入ソした後、衰弱を理由に病院に送られたり、満州や北朝鮮に逆送された可能性もあるが、ほぼ死亡したものと思われる。

ちなみに、私家版の捕虜記を読むと、収容所内で健康診断のようなものがあり、衰弱していると判断されたものは、“移動”させられた。後日、その移動した軍人80人ぐらいに連絡をしたが、日本で連絡がついたのは1名とのこと。(つまり、軍人80人で生き残ったのは1名か。)
  • by マウス
  • 2016/01/19 10:37 PM
megu様

彼らの口からよく聞く言葉ですね。

「プーチンは柔道の精神を理解している」
「プーチンは親日家」
「プーチンは、ロシア国内の民族派と戦っている」
「プーチンの家族も親日で、秘かに来日して買い物を楽しんでいる」

。。。
  • by マウス
  • 2016/01/19 11:46 PM
管理人様 megu様
昨日(20日)付けの「あくびのブログ」で保守イチロー様のブログが紹介されています。
  • by ストライクイーグル
  • 2016/01/21 4:29 PM
megu様

貴ブログ拝見しました。

最後の動画に、気になる「声」がありましたので、番組を探してみました。下の番組ですね。井上や馬渕のほかに、三橋・藤井も揃い踏みでした。

http://www.dailymotion.com/video/x1nds6a_2014-04-05-%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AEmikata_news
  • by マウス
  • 2016/01/24 12:29 AM
そもそも当時のソ連軍にはそれだけ大量の抑留者に対する衛生、給養を保障するだけの兵站も何もなかったという前提を見逃してはおられないでしょうか。海上輸送するにしても日本側にもソ連側にも到底十分な船舶が無かった点に留意すべきでしょう。

仮にソ連軍が収容しなければ、厳冬の満州で残った日本人はほぼ凍死するか餓死するかの選択しか無いのですが、その点はどうお考えになりますか?

  • by FK生
  • 2016/08/16 8:58 AM
>FK生様

通説を覆す衝撃的な新説ですね。ソ連軍による抑留は、むしろ日本人を凍死や餓死から救った。。。

根拠は?

それに、そんな人道的だったら、そもそも対日侵略しなければよかったのに。ソ連は、和平の仲介依頼も無視したし。

突然、人道的になったのはなぜ?
  • by マウス
  • 2016/08/16 2:51 PM
では、貴兄は在満邦人は「じゃあ後は知らない」と満州に放逐された方が良かったとおっしゃるのでしょうか。現地は混乱を極めていますし、現地の抗日の気配も日本の降伏を受けて最高潮に達した段階で野に放たれるわけです。どうなると思いますか?そして繰り返し私が述べた通り、ソ連軍には現地で大量の日本人を給養する余裕は無かったという事です。引渡しの用意が整うまで本国へ後送せざるを得ない。折りしも東西対立が鮮明になるにつれて、米英と協調した戦後処理も難しくなっていくわけです。それにより設備の整った本国の収容施設へと後送する行為はどこの国も行っていますが?

要は、貴兄はソ連側に故意に日本人を虐げる意図が国家的レベルで存在して、ソ連は当時の世界的平均よりも非人道的であったと主張したいようですが、貴兄がその論証として挙げた論拠はその証拠になりえませんよという事です。

和平の仲介に関しても、別に応じる応じないは当該国の国益に叶うか否かで決めるのはそれほど非人道的な事でしょうか?それにソ連に対日参戦を持ちかけたのはそもそも米英。
  • by FK生
  • 2016/08/18 12:25 PM
>FK生様

寂れているブログを盛り上げてやろうという気持ちは感謝するが、そんな振りだと却って白ける。
もう少し煽り方を勉強したほうがいい。
  • by マウス
  • 2016/08/18 10:13 PM
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