2015.12.11

作家の野坂昭如さんがお亡くなりになられました。

ブログ管理人は、かつて憧れていたので感慨深いものがあります。小説は率直に言って退屈でしたが、焼跡闇市派として八方破れを体現し、そのエセーに深く共感したことが何度もありました。思想的には遠い人ですが、昔に惚れた弱みというか今日はしんみりしています。

いまさらですが、野坂さんにはキラリと光る正義感がありました。自分を卑下しつつ、相手に噛みつく姿勢は颯爽としていました。野坂さんは相当に無茶をやっていましたが、それでも多くの人から愛されていたと記憶しております。

管理人の手元には、古い文庫本がありますが、追悼の意を込めて、印象的な文章を拾ってみます。

次に引用した一節は、米国施政下の沖縄で外国産ウィスキーが安く買えたことに関して、当時の総評の人間がお土産にジョニ黒を買ったことを激怒して「ジョニ黒乞食」と呼んでいます。これなど、辺野古移設と同根と思います。

沖縄には、さまざまな碑があるそうだ。全国出身兵士の慰霊碑が、県ごとに美々しくつくられていて、ただもうそれを建てれば沖縄に対する償いがすんだかのように、それは空々しいものなのだそうだ。
沖縄との連帯と称して出かけたジョニ黒乞食の心根もまったくそれとかわりない。自民党がどのように沖縄をごま化してても、それは彼らの本音だから、いっこうにさしつかえない。
しかし、いくらかは沖縄の傷口をわがものとするそぶりで、実はそこに塩なすりつけ、しかも、世間にはとってつけた連帯面する奴は、まったくゆるせない。
野坂昭如『卑怯者の思想』(中公文庫、1977年、278頁)



次の一節は、五木寛之の対談での発言です。こうした行状を隠さない破天荒さが、野坂さんの真骨頂です。

野坂 ぼくは、鶏ともやったし、山羊ともやったことがある。鯨の場合はすごく大きいというからね、ぼくのチンポでもだめだと思うけど、ぼくは鯨を女性と思ってやるわけじゃなくて、ただ、鯨のところに、そういう割れ目がもしもあるならば、そこにはさみ込んでみたいとか、鯨のヌメヌメしたところに、セミのごとくすりつけてやってみたいとか、そういうことはかなり具体的に妄想するわけだ。割れ目っていうより、なんでもいい、オチンチンに一つの刺激を与える曲面であればね、象というのは、やろうと思わない。鯨というのは考えたことがあるんだ。
『対論 五木寛之/野坂昭如』(講談社文庫、1973年、22頁)


管理人には、“開かずの書庫”がありますが、十年ぶりで文庫本を片付けて掃除しました。そして、この訃報ですから虫の知らせのようで、不思議な気持ちになります。

なお、いわゆる従軍慰安婦について、本の題名は失念しましたが、野坂さんは「強制連行など無い」という立場でした。朝鮮女性を強制連行したら、朝鮮の男たちが暴動を起こしたはず、それが無かったから連行は無かったという考えでした。それを読んだとき、従軍慰安婦の欺瞞がわかりました。懐かしい思い出です。
 

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コメント
るる様

すいません、実は私は全く幽霊や占いを信じない人間です。このブログで「虫のしらせ」を使ったのは、感傷がさせた(極めて例外的な)表現です。

少し脱線しますが、野坂さんはかつてTV番組で占い師に『だったら、広島に原爆が落とされる前、それで死ぬ人全員の生命線が消えていたんだな』と言い放ったことがありますね。正確に覚えていませんが、確かそのような物言いでした。

これも、私に大きな影響を与えました。これ以降、スピリチュアル系は一切信じていません。

ただ、親しい故人が枕元に立った等の話しまで、非科学的だと言って否定する気もありません。結局、霊とかそういうものは他人に強制しないのであれば、個人の自由だと思っています。この点は、個人の信仰と似ていると考えます。(なお、強制しなくても宗教詐欺の類は犯罪として罰せられるべきと考えています。)

まとまらない話で申し訳ありません。
  • by マウス
  • 2018/01/05 6:12 PM
ある朝、朝目覚めた時に野坂昭如さんを思い出しました。夢で見たんだろう。そう思っていました。私は特別、野坂昭如さんのこともあまり存じ上げていませんでした。
その日に、野坂さんが亡くなったと知りました。
私も虫の知らせだったと思いました。
しかし、なぜ野坂さんの虫の知らせが、私にあったのか、、、今なお不思議です。
  • by るる
  • 2018/01/05 2:37 PM
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