2014.4.16

憲法の目的とは何でしょうか。
ブログ管理人は、次のように『国家永続の生命源』と「美徳ある自由』の擁護が、最も相応しいと考えます。
 

自由社会である国家の憲法は、次の二つの目的に奉仕するものでなくてはならない。また、そうあるものをもって憲法という。
一、過ぎし幾多の時代、幾多の世代を経て祖先より相続した、歴史と伝統と慣習の宿る誇りある国家を、まだ生まれていない未来の子々孫々に引き継ぐべく、国家にひそむ永遠に“永続させうる生命源”を守りたゆむことなく再活性化を図るものであること。
ニ、国民一人ひとりの“美徳ある自由”を擁護する、または国民一人ひとりを“美徳ある自由”に教導する、そのような働きをなすものであること。
(下線ブログ管理人)
 中川八洋『国民の憲法改正』、ビジネス社、39頁


しかし、残念ながら、現行憲法には、この二大目的を害する概念や思想がいくつもあります。
その中でも「主権者である国民の皆さんが…」の「国民主権」は最たるものの一つです。
 
「国民主権」とは国民に主権があるわけですから、国民が「制限されない権力」の主体となるわけです。
しかし、その国民は、全て知性と教養に溢れ、かつ政治の素養を兼ね備えた人間ばかりででしょうか。
そんな訳がありません、世界史上、国民の暴走など珍しくもありません。
だからこそ「国民主権」は怖ろしいし、憲法に「国民主権」と謳ってはなりません。

加えて「制限されない権力」である主権は、よく偽装されます。
国政(全体)の最終意思決定と偽装して、特定の個人や集団がその意思を押し付けるやり方は枚挙に暇がありません。
「天皇主権」「君主主権」「国会主権」「人民主権」など、どのような主権であっても、概念は同じです。それは、憲法から完全に除かなければなりません。(諸外国との関係で国家主権と言う場合を除く)
したがって、「国民主権」「○○主権」と謳っている憲法は、決して自由社会を永続できない憲法です。
言うまでもありませんが「中川草案」や拙ブログの憲法改正私案には、国民主権は一言半句もありません。


さて、日常的な光景ですが、駅前で「主権者である国民の皆さんが…」って左翼の絶叫、ときどき聞こえてきます。
この際、普段以上に『おぞましさ』を感じ身震いすることはありませんか?
それは、この「国民主権」を潜在的に怖れていることに他ありません。

以上
コメント
国民主権は国家が独裁に陥らないようにする仕掛けなので外せませんね。

まあチャーチルさんも民主主義は最悪だけど、これまでの体制よりはマシだって言ってますしね。
  • by ふくぽん
  • 2015/04/23 11:07 PM
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